全ては

数式化できるが、全ては体感し理解をしなくては 手法と理論の二面性があっても同一性の解答として完全な理解ではない。
手法が沢山あるという前提は、もはや当たり前だが、問題はいつも洞察力だ。多面的解釈でないと、同一性解決が保てない、ゆえに手法が乱れる、ぶれる。しかも想像の介入する余地がなくなり対象者の利益を損なう、これが一番駄目なケースだ。
しかも感動がないと、かなりつまらない事にしかならない。が、もう少し研究の必要があると、思った。私は天才ではないので、こうして日々努力するしかない。

ただ難問は、私がしたい事が、多用な顧客利益を生むかどうかだ。
しかも目標はかなり高い、自分でも無謀だと思い無理難題に近い事なのだが……。
さて、どうなんだろう? あんまり前もって考えても、仕方ないか。
ただ準備は必要だ。

全てには深い意味がある。私利私欲の金儲けでは、高いレベルは実現できないから、リスクは承知の上で始めたが……。

狙いは間違ってないと思っている。

とにかく感動が必要。
必要は感動があることだ。
感動とは、実は
小さな結果である。

小さくていい。むしろ小さな結果だからこそ、ものすごくpowerがあり、結果圧倒的な力になる。

それが一つあれば
いずれ山は動くのだ。