20160311 曇り

寒い毎日だ。積雪がまだ少なくて良かったものの、天候は温暖化の影響で昔の冬型に一見戻ったような気象になった。実際はまだ大変じゃない天候が継続してくれて良かった。それでも多分徐々に、地球は以前より冷えていくだろうと言われている。テレビで原発の311の特集が組まれて、あの当時の関係者がいう現場は混乱し対策はギリギリのまま、政治家や東電本店の命令を雑音といい無視して命の為に必死な状況の関係者に、やはり恐怖感を感じるほど厳しい現実があった事を特集されていた。被害の影響を未来までにおよぶ放射能汚染は、実に30年の歳月を有するらしい。原発メルトダウンした時に、科学者の方々はこれでフクシマは廃墟決定になったとガッカリされていた。私は科学的な被害をまだ知らない時で…そのガッカリした学者さん達の気持ちはくめなかった。無知というのは怖いものだと自分を恥じた。放射能汚染の本を読んだのは、少しは人体と環境汚染を改めて知りたかったからだ。

いつの間にか、見えない聞こえない なんだかわからないがある日虫の知らせのように危機を感じる事は、ないだろうか?

原発の担当者もたまたま被害がこの程度におさまった偶然は「仏様の力」と言っていたらしい。

私も地震の時は、奇妙な危機感を感じて…まさしく地震か天災かわからないまま何かが、くるのを恐怖で感じていた。「天からの啓示」のようで、ひたすら毎日祈っていた。
ノアの方舟を思い出した。最悪の予想は当たってしまった。悲しかった、無理に笑顔をみせながら、内心…科学的根拠がないから、辛かった。
そういうのは確実に「ある」 だから東電の方の気持ちは本当にわかる。

沢山の命を守りたいという時に私は無力で悲しく、周囲はそんな私とは違い平凡な毎日で、実にのんびりしていた。
尊敬する先輩だけが、私は悪くないと慰めてくれた。その日をいまだに記憶している。

あの時に、キチガイと言われても自らの予知を周囲にいうべきだったか?どうかといまだに考えて、今は未来の科学の進歩に期待する毎日だ。

虫の知らせより、神様より、沢山の人の力を信じようと結論した。

ちょうど、タイミングよくアインシュタインからの影響で科学雑誌を読んでいたので、データがあり地震情報や地球環境の事を知り思考停止にならず絶望までは、なかった。ある意味危機感の逃げ道が科学にあったというのが本音かもしれない。私は状況を理解できる絶望のほうがかなりましだった。
死は毎日近く、今では死は自分には怖い事ではなってしまった。人間は恐怖感に慣れたりする。
我ながら、本当に図太くなったと思う。

昔なら私の年齢は寿命だったが医療がすすみ、まだ環境が良く周囲に恵まれてこうして元気に生かされていることも考えて、贅沢なご褒美みたいな日々だと思っている。

私が始めた趣味は私を救ってくれた。
神は知恵を尊ぶものを喜ぶと聖書にある。
無知と愚か者な私でも、少しはいう事を聞いて良かったと思っている。

それが仏様でもイエス様でも、悟りや救いは必ずある。

今更だけど…ニュースで初めてみた時は、東電を軽蔑した自分を許してほしいと思っている。

誰だって必死な方々には 安易に批難したり軽蔑したりは許されないなぁ。 そう自分の安易さを後悔した勉強になる報道番組だった。

印象的だった言葉は
人の変わりに放射能がフクシマを占拠する。
だった。

他人事と思えないゾッとする報道番組だった。